クレムリン宮殿&赤の広場@モスクワ

− プロローグ −
エェェ、ホントに行くんですかぁ!



むかしむかしあるところに宮脇俊三の『シベリア鉄道9400キロ』という本があった。今もある。
まだソビエト社会主義共和国連邦もアメリカと張り合っていたころのシベリア鉄道乗車記であり、シベリア鉄道のガイドブック(らしきもの)といえばコレしかなかった時代が長く続いた。当然私もその本を読んだ。

そのアメリカと覇権を競ったソビエトも崩壊しロシアという国が表面に再び現れてくると同時に、かつては軍事機密ビンビンの軍港ウラジオストックが外国人にも開放されたというニュースが流れた。「横浜〜ナホトカ航路」も「横浜〜ウラジオストック航路」となり、我々ガイジンにもウラジオストック〜モスクワ・ヤロスラブリ駅間のシベリア鉄道完全全線乗車が可能になったのである。ちなみに前出の宮脇俊三氏が乗ったのはハバロフスク〜モスクワ・ヤロスラブリ駅間であり、ナホトカ〜ハバロフスク間(ボストーク号)はシベリア鉄道本線ではなく一ローカル線にすぎない。時代のおかげとはいえ私の勝ちである(勝ってどうする!?)。

で、その「シベリア鉄道全線乗車」という言葉につられたのかどうかは不明だが、突如何を血迷ったか「飛行機使わずに鉄道でヨーロッパまで行ってみるか....」などとお馬鹿な考えをおこしたのである。とりあえず横浜→ウラジオストック→イルクーツク→モスクワと行き、どのへんまで行けるんじゃろ?と休暇の日数を数えて調べてみたらウィーンくらいまでは行けそうな感じだったのでウィーンまで行くことにした。ここまで来たらもちろんモスクワ→ウィーンもとことん鉄道である。飛行機で飛ぶような軟弱なことはやってられませんっ!

そんな話を会社ではちょくちょくしていたのであるが、さすがに今の時代にヨーロッパまで鉄道で行こうなどと酔狂な考えをおこす人間がホントーにいるとは誰も思わなかったらしい。

そんなこんなで休暇突入数日前にアルバイトの女の子が、
「○○さん、今度はどこに行くんですかぁ???」。
「だから言ったじゃん! シベリア鉄道っ!」
「エェェ、ホントに行くんですかぁ?」
と相成ったわけである。
完全にジョーダンだと思われていたらしい....。






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